文具メーカーがなぜ農業を。1940年から続く、コクヨの障がい者雇用の歴史

「農業という分野が労働集約型であり、業務の切り出しや障がい特性に応じた作業分担が比較的行いやすい」——ハートランドがその設立背景を語るとき、この言葉がすべての出発点に置かれています。
コクヨにおける障がい者雇用の歴史は昭和15年(1940年)にまで遡ります。2003年に八尾工場閉鎖に伴いコクヨKハートを設立し、知的・精神障がいのある方の就労の場として2006年に大阪府泉南市でハートランドを立ち上げました。特例子会社としては日本初の農業生産法人という挑戦は、「農業担い手不足への貢献」と「障がい者雇用の促進」という二つの社会課題に同時に向き合うものでしたが、当初は社内外から「価格が市場で決まらず、天候リスクの高い農業にわざわざ挑戦するのか」という反対の声も多くあったといいます。
それでも試行錯誤を重ねながら独自に販路を開拓し、スタッフが自分の育てた野菜が店頭に並ぶ達成感を感じながら働く場所として、20名規模のアットホームな農場が育まれてきました。秋冬にはスーツとネクタイで出勤するスタッフも多く、働く誇りとプロ意識の高さが今のハートランドを物語っています。
運送中に割れてしまった試作品。社内の反対を越えて1年がかりで辿り着いた、サブレという答え
「思い切って今回サブレを作ってみた」——そのひと言の裏に、1年間の試行錯誤が積み重なっています。恵那川上屋の鎌田社長との出会いは、互いの哲学が深く共鳴したことから始まりました。自社農業生産法人で栗を栽培し商品の原料とする鎌田社長の姿勢が、ハートランドの農福連携の理念と重なり、共同開発がスタートします。「味としては問題のないものがすぐにできた」——しかし、ここから本当の苦労が始まりました。過去にも6次加工品への挑戦を試みたことがあったものの上手くいかず、当初はスタッフの賛同を得ることに苦戦したといいます。そこを乗り越えた先に待っていたのが、配送時の衝撃でサブレに割れが生じるという新たな課題でした。焼き加減と水分量のわずかな差が品質を大きく左右するサブレは、配送に耐える強度と美味しさを両立させるために何度もの製造テストを繰り返すことになりました。最終的には、ほうれん草の配合量はそのままに、焼き加減と水分量を微細に調整することで最適なバランスを見出しました。1年という開発期間を経てようやく完成した「ハートランドサブレ」は、野菜特有の青臭さを抑えながら、ごまとチーズのアクセントが加わるサクサクとした香ばしい一枚として仕上がりました。
コクヨ社員を動かした、ひとくちの驚き。一枚のサブレが生んだ、思わぬ波紋
商品化前、コクヨの社員向けに試食アンケートを実施したとき、予想外の反響が届きました。
試食した社員からは「意外にもボリューミー」という声が上がり、そのボリューム感に着目して、朝食を抜きがちな社員向けに朝食代わりとして食べることを推奨する社内キャンペーンへとつながりました。それはハートランドが当初想定していなかった使われ方でした。ギフトや手土産として設計したサブレが、忙しい朝の食卓を支える一品として社内に広がっていく——その反響は、「野菜嫌いのお子様からご年配の方まで」というターゲット設定をさらに広げる示唆となり、コクヨショールーム(品川・霞ヶ関・大阪)でのお客様向けノベルティとしての採用にもつながっています。
「自分たちが育てた野菜がサブレとしてアップサイクルされ、恵那川上屋の栗サブレブランド「旅する山ノ栞」シリーズの新商品として実際に店舗で販売されている様子を見て、スタッフ一同も大変大きな喜びと達成感を感じております」——毎朝夕に元気で大きなあいさつが響く農場で、20名のスタッフが育てたほうれん草が、今この瞬間も誰かの手に渡っています。
「今後、別の葉物野菜や6次加工品の開発に取り組んでいきたい」——ハートランドの次の挑戦は、すでに始まっています。 フレッシュハーブ類や夏場に適した緑黄色野菜、さらにはスープへの展開も視野に入れながら、農業と福祉と食が交差するこの場所は、静かに、しかし着実に広がり続けています。
一枚のサブレを手に取るとき、それは障がいのあるスタッフが育てた野菜が形を変えて届いた瞬間です。「農業の盛り上がり・食料自給率の上昇への貢献」という大きな目標を掲げるハートランドの物語は、この小さなお菓子から、次の章へと続きます。